第1話 :峠
いくつかの季節がめぐり、慶次郎は平穏な日々を過ごしていました。孫の八千代も5つを数えることになったある日、根岸の里の近くで慶次郎は暴漢に襲われます。竹林の中でもみ合う二人、人違いではないかと叫びつつ男の顔を見た慶次郎は、その時何かを思い出します。
手傷を負いながらも根岸の里に帰った慶次郎は、そのまま眠り込んでしまったのでした。
夢の中で慶次郎は十一年前の出来事を思い出していました。
まだ常町廻り同心だったころ、失踪した亭主を探しているという女・お継が番屋を訪れました。亭主の宗七という名前に、慶次郎のお手先・辰吉がある男を思い出しました。しかし、引き合わせるなりお継は、別人だと言います。実は宗七を名乗っていたこの男、本名を四方吉と言い、塩売りをしているとのことです。なぜ、わざわざ別人となっているのか?釈然としない慶次郎でしたが、数日後、四方吉と慶次郎は街角で再会します。四方吉は、過去にあった重大なことに心を悩ませているようです。しかも、北町奉行所からも探索されている様子...四方吉を見張っている蝮の吉次が、2年前に起こった殺しの一件で宗七を探しているというのです。四方吉がその下手人なのか?
三度出会った慶次郎と四方吉、そこで四方吉は、昔、行商帰りに峠で出会った追いはぎの一件を告白します。人気のない峠で襲われた追いはぎともみ合ううち、崖から落ちそうになり、その時に必死でしがみつく追いはぎの男を見殺しにしてしまったという...その罪の意識がいつまでも四方吉を苦しめていたのです。
そんなある日、四方吉が潜んでいた岡場所から火の手があがります。盗賊が付けた火の手は、またたくうちに燃え広がります。四方吉は、火の中に取り残されます。そこに炎の中から現れた男...盗賊の一味である宗七だったのです。
第2話:空蝉
夏のある日、江戸の町では占いがブームになっているようです。
評判になっているのは、刈谷清玄と娘の弥生というふたり。弥生が持つ不思議な力で占い、それを清玄が人々に伝えるというのですが、よく当たるというのでなかなかの評判を呼んでいました。
ある日の午後、激しい夕立の中に濡れそぼっている清玄を見つけたお登世、お登世の店・花ごろもに雨宿りを勧めようと声をかけますが、清玄の持つ不思議な雰囲気に引きこまれてしまいます。
清玄親娘は、そのまま花ごろもに逗留し、占いをしているという...噂を聞きつけた根岸の寮では大騒ぎ、「女心がわかっていねぇ」と、慶次郎の食いつく佐七。心中穏やかでない慶次郎ですが、意固地にも知らん顔を決め込んでしまいます。
晃之助も、義父を見かねてお登世に問いただします。
「これは義父へのあてつけか?」と詰め寄る晃之助に、「男はいつも体裁を気にする...」と、不満を覗かせるのでした。
一方、弥生は占いの力が弱まってきていることに不安を感じていました。この不思議な力で父の役に立ちたいという健気な気持ちがあせりを呼び、水ごりまでして力を取り戻そうとしますが、占いは外れるばかりです。
そんなとき、口入屋の佐兵衛という商人が弥生を利用した悪だくみをしていました。
商売敵の備前屋にウソのお告げを言わせ、呉服問屋・備前屋の船を途中で襲い、積荷を奪って嵐のせいにして沈めてしまおうというのです。
どんなことをしても力を取り戻したい弥生は、その計画に乗ってしまいました。このことを知った蝮の吉次は、清玄に事の次第を告げます。
そして備前屋にお告げを行う当日、清玄はどうするのでしょうか?
また、お登世と清玄の関係は...?
第3話:三姉妹
季節は、まだ暑さの盛り・土用の頃、慶次郎は本や道具類を虫干しに余念がありません。が、何かと言えば佐七に甘えてばかり。とうとう御機嫌斜めになってしまった佐七ですが、そんなときに花ごろもの女将・お登世が訪ねてきました。
とたんに相好を崩す慶次郎。今度は佐七をほったらかして上機嫌でお登世と一緒に掃除を始めたものですから面白くないのは佐七です。
「ちょっと出かけてくるからね!」と、飛び出していきました。
虫干しも一段落した頃、お登世が慶次郎に相談を持ち掛けます。
唐物問屋・鎌倉屋の主、安右衛門と妻のお梶が夫婦喧嘩をしてしまい、お梶は家を飛び出して花ごろもに住みこんでいるというのです。
どうも安右衛門の口の悪さに愛想をつかせたというのだそうですが、いつまでも花ごろもに置くわけにも行かず、どこか奉公先でもないか?というもの。
二人がそんな話しをしている頃、佐七はブラブラと町を歩いていました。アテにしていた馴染みの店が今日は休業。とはいえそのまま帰るのも癪にさわる...どうしたものか?とさまよっているうちに、遊女風の女につかまってしまいました。強引に連れこまれた先は、裏さびれた所、しかも盛りはとうに過ぎた風情の女たちに囲まれてしまったのです。
そこはご禁制の売春宿でした。当時は、吉原などの公認された場所以外での売春は固く禁じられており、このように密かに春を売る女たちを「地獄」と呼んでいたのです。
もともと生真面目な性格の佐七です。こういう遊びはしないと断ると、「馬鹿にするな」と逆に啖呵を切られて放り出されてしまいます。
今日はまるでツイていない佐七。居酒屋でヤケ酒を飲んでクダをまいていると、隣でも同じような人物がひとりでグチをこぼしています。これが女房に逃げられた安右衛門だったのですが、佐七が事情を知るはずもありません。
なぜか意気投合してしまった二人は、先ほどの地獄宿に逆戻り。こんな客は珍しいと、今度は歓迎されてしまうのでした。
「地獄」の女たちは姉妹だといいます。おこと、おさよ、おきょうの三人は、小さい頃から苦労をしつつ必死に生きてきた...そして本当はもうひとり、おくみという末の妹がいたというのです。堅気の大工に惚れたおくみは、幸せになるはずだったのに、姉たちの商売を理由に破談になってしまった。そのせいで若い命を散らせてしまったのだと...。
酒の勢いで繰り出した深川・洲崎の浜辺で、幸せだった子供の頃を思い出す三姉妹たち。明け方、「海の向こうは、どうなっているんだろう?」ふらふらと漁師の船を押し出すおこと、何かにとりつかれたような雰囲気に佐七も我知らず船を海に向かって押していたのです。
第4話:蜩(ひぐらし)
江戸の町は七夕でにぎわっていました。慶次郎と佐七も、七夕飾りの短冊を書いたりして童心に帰ったようにはしゃいでいます。
そんな浮かれている世間ですが、吉次の妹・おきわは悲しげな様子です。子供のいないおきわ夫婦は、養子の話を進めていました。ほとんど決まっていた矢先、吉次がゆすりをかけた商家がなんと養子の母親の実家。もちろんこの話は破談となってしまいました。
責められた吉次は店を抜け出し、七夕に賑わう街中で居場所の無い身を持て余していたのですが、ひょんなことから、おもとという名の女を助けます。
それから十日ほど経った根岸の里、慶次郎の元に晃之助が訪れます。「蝮が所帯をもったようだ」という話に一同はびっくり。
しかしこのおもと、一癖ありそうな雰囲気なのです。いつも一緒にくっついてくる弟の円次郎も得体が知れません。
ある日、円次郎は、おきわの友達・おふゆの弟・早太に声をかけます。
早太は、十七になっても仕事につかず賭場の使い走りなどをして暮らしていました。その早太に、俺は蝮の子分だが手下を探している。と誘いをかけます。そして言葉巧みに挨拶料として一分のお金をせびったのです。
この時代の一分というお金は大金です。しかし、若い早太は考えなしに高利貸から借りてしまいました。
この話を聞いた慶次郎は、吉次の元に向かいます。そしておもと姉弟のたくらみを吉次に話すのですが...。
第5話:可愛い女
根岸の里も秋の気配がしてきました。佐七が買ってきた見事な茄子を、慶次郎が素人丸出しで料理しようとして大騒ぎ。のどかな日々が続いているようです。
しかし、お上から十手を預かっている晃之助たちは忙しく働いていました。
ある長屋で、晃之助は夫婦喧嘩の仲裁に入ります。仕立て職人の源次とおさきというふたり、普通の夫婦喧嘩だというのですが、実はこの源次、ささいなことでおさきに暴力をふるうという困った性格の男だったのです。
おさきの友人のおしなは、あの男と別れるように言います。ウソでもいいから別の男を作ったら別れるきっかけにできるのではないか?と知恵を出します。
そして、その「別の男」に白羽の矢を立てたのが、晃之助でした。
数日後、再び源次はおさきに暴力をふるいます。しかも酒を飲みたいばかりにおさきの着物まで売ってしまいました。さすがに愛想をつかせたおさきは晃之助の元に走ります。「一度だけ私の男になって助けてください」懸命なおさきの願いを聞いた晃之助は、すぐさま源次の元に走り、「おさきはもらって行く!」と宣言をしたのでした。
とはいえ、この先のあてがまるでないおさき、結局晃之助の家に居候をすることになりました。晃之助の妻・皐月は母の看病で実家に帰っています。皐月の知らないうちに奇妙な暮らしが始まりました。
源次の手から逃れられた安心からか、生き生きとした表情のおさきは、晃之助の家でよく働いています。が、皐月の乳母・しづは不安顔です。。
どうにも晃之助とおさきの仲が良すぎるのです。
ある雷雨の夜、雷の音が恐くて部屋で震えているおさきを見た晃之助は、思わず抱きしめてしまいます。はっとして身を離す晃之助は自分に起こった感情に愕然とするのです。
このままではいけないと、慶次郎の元におさきを預けることにした晃之助ですが、慶次郎は晃之助の心の迷いを見抜いていました。
そんな時、うわさを聞きつけたおしなは、嫉妬心からある計略を張り巡らせます。晃之助とおさきを誘い出し、そのことを源次に告げ口をしてしまったのです...。
第6話:ふたり
泊りがけで菊を見に出かけた慶次郎、秋を堪能して根岸の寮に御機嫌な帰宅をしたのですが、家が荒らされています。お金と大事にしていた骨董などが無い!泥棒が入ったのは明らかなのですが、留守を預かっていたはずの佐七は、すべて俺がやった。働いて返すから!と言い張るのです。
辰吉に事情を説明すると、すでに前例があるとのこと。良い人を装って親しくなり、家に上がりこんで話しこんだりしながら、隙をうかがって金目のものを盗んで行くという巧妙な手口で、被害者も情が移ってしまい、佐七のように事件にしないのだそうです。
辰吉が探索を請け負ってくれることになりました、その時長屋のおかみさんが飛び込んできました。辰吉の妻・おぶんが土手から突き落とされた!というのです。
相手は女らしいのですが、おぶんも背後からいきなり突かれたので詳しくは解らないといいます。なぜ突き飛ばされたのか?不思議なこともあるものですが、手がかりが無いため根岸の泥棒とおぶんの事件は両方とも進展が無いまま半月が経ちました。
ある日、おぶんは花ごろものお登世を尋ねます。自分を突き落とした女を一瞬見たときの記憶から、その姿から客商売のお店で働いているのではないかと推理したのです。お登世は「笹の井」の女中が似た格好をしていると教えてくれました。
その笹の井をさぐるおぶんは、果たしてその女を見つけます。おれんと呼ばれた女を尾行するのですが、気付かれてしまいます。
そして意外な言葉がおれんの口から投げかけられました。「お前は私と同じ常蔵の娘だ!」。
慶次郎の娘・三千代に乱暴し、死に追いやったのを始め、数々の非道を働いた父の常蔵は、おぶんの心に深い傷を残していたのですが、その常蔵には腹違いの娘・おれんがいたのです。
そしておれんも常蔵のために苦労をしていたのです。世間知らずの母・お初の面倒を見ながら、悪名高い常蔵の娘だということで後ろ指を指されないように、四六時中気を張って生きてきたのでした。そんな必死の毎日を過ごしていたおれんんの目に、辰吉と幸せそうに暮らすおぶんがねたましく写ったのです。
そのことを知ったおぶんはつぶやきます。「あの女は、常蔵にとらわれているもう一人の私だ」と...。
第7話:意地
秋も深まってきた九月の半ば過ぎ、根岸の寮に栄五郎という指物師が尋ねて来ました。慶次郎が注文した火鉢が出来たので持ってきてくれたのです。「これはケヤキだね」と、腕には定評のある栄五郎の仕事にご満悦の慶次郎です。
この栄五郎、十八歳の娘・おちせがいるのですが、具合が悪くなっていて心配顔です。
十日ほど後、そのおちせが晃之助の家に来ました。晃之助が皐月のために注文した硯箱を届けにきたのです。仕上がりの良さに喜ぶ皐月ですがおちせは不満だといいます。
この箱からは意地の匂いがする。というのです。
これを作ったのは、栄五郎の弟子だった直吉なのですが、腕の立つあまり技巧に走りすぎ、親方の栄五郎と口論の挙句飛び出してしまいました。直吉を好いているおちせは、なんとか二人を仲直りさせようと悩んでいたのですが、この硯箱からは、未だに意地を張っている直吉の姿が見えてしまったのです。作りなおさせるというおちせに皐月はその硯箱を返しました。
夜、帰宅した晃之助は皐月をしかります。直吉とおちせを会わせようとしたのに、話しをこじれさせてしまった。なぜ箱を返してしまったのか?というのです。
自分のために注文をしたのではなかったのか。と落胆した皐月は、今までの不満が一気に噴出してしまいました。
晃之助は、おちせの病がとても悪いことを知り、手遅れになる前に直吉との仲を取り持ってやりたいという本心があったのですが言葉が足りず、皐月と意地を張り合う結果になってしまったのです。
皐月も直吉と栄五郎のわだかまりを解こうと二人の間を行き来するのですがラチがあきません。そのうちにおちせの具合がさらに悪化してしまいました。直吉の所に行こうとしたとき、とうとう倒れてしまったのです。
ついに皐月は慶次郎に頼みました。出向いた慶次郎に、栄五郎は「直吉を連れてきてくれ」と土下座をして頼みます。その真心に打たれた慶次郎は直吉を一喝、ついに栄五郎の家の敷居をまたいだ直吉でしたが、すでにおちせは床から起きられないほど衰弱していました。
直吉の腕に抱かれて薄く微笑んだおちせは、直吉にひとつの願い事をしたのです...。
第8話:蝮の恋
木の葉も紅く燃え立つ錦秋の頃、慶次郎は悪い夢を見ました。淋しそうな顔をした吉次がどこか遠い所に行ってしまうような夢です。
どうにも気になる慶次郎は、吉次の住んでいる蕎麦屋・喜久屋を訪れます。
吉次は越中島に出かけているとのこと。吉次の妹・おきわは、兄がまた誰かをゆすろうとしているのではないか?と不安そうです。
その吉次は、越中島の岡場所で二十年前に別れた女房・おみつの店「紅屋」を見張っていました。
おみつは、二年前の冬、店の女郎を武家の若侍が殺してしまった事件がありました。これをを内密に処理してから急に羽振りが良くなり、今ではこの岡場所を取り仕切る「店頭」という立場にまで成り上がった...どうやら後ろには、大名と大店の影が見えます。
おみつの周囲に不穏な気配を感じた吉次ですが、そんな折、おみつから手紙が届きます「花ごろもで会いたい」。夜、花ごろもで吉次を迎えた人物は、おみつと両替商・檜屋五右衛門、そして謎の武士といういずれも一癖ありそうな面々でした。
彼らは吉次の裏情報網を利用して、さらに金と権力を得て成り上がろうとしていたのです。
話を断って店を出る吉次。数日後、吉次に情報を伝えた男がなぜか奉行所に引っ張られてしまいます。
大きな陰謀の尻尾を掴むため、吉次は探索を続けます。
ある博打場で、その大名は二万石の若年寄・山口伊豆守。そしてその次男の放蕩の後始末を檜屋がしているという話しを聞きます。さらに探索を続ける吉次ですが、その背後を付け狙う男の影がありました。
そして、大名に近づき過ぎてしまったため、手を切ってくれという檜屋の言葉を拒否したおみつにも魔の手が迫ります。突如、おみつの店・紅屋にお上の手入れ(警動)が入り、おみつも奉行所に引かれてしまったのです。
しかも、魔の手は吉次の身にも...。大きな悪の力にもてあそばれる吉次とおみつ、それを知った慶次郎がついに動き出します。
第9話:大つごもり
師走のある日、根岸の寮では年越しの大掃除に余念がありません、が、慶次郎はお出かけしたそうです。花ごろもの女中・おかつがついに念願の店を出したので顔を出したいとソワソワ、当然佐七に怒られてしまうのですが...。
おかつは田原町に「花さと」という料理屋を出しました。ところがその真向かいに、女中仲間のお秋が「おあき」という料理屋を開店したのです。
お秋も店を開くとは言っていたがこんな場所とは...!ふたりの母親代わりを自認するお登世もこれにはびっくりしてしまいます。
自分の力を試したいと言うお秋ですが、店を出すために借金をしているといいます。借りた先は神田の古着屋・太田屋の喜兵衛という男、世間では「仏の喜兵衛」と呼ばれている人物です。
果たして二人の店は繁盛するのか?お登世は不安を感じながらも見守っていくことにしました。
その喜兵衛が花ごろもを訪れたとき、女中のお継がびっくりします。昔、行方不明になった夫の宗七だというのです。当の喜兵衛は人違いだと言い張るのですが妙な話しです。
この一件は慶次郎の耳にも入りました。十一年前に捕らえ、先日慶次郎を襲った四方吉が偽名を使った男・宗七が喜兵衛と名を変えて生きていたのか?
しかも仏と呼ばれているとは、いったいどういう訳なのでしょうか?真実を求めたいという心の炎が慶次郎を包みます。しかし、宗七の女房・お継に隠せるわけにもいきません。夫は人殺しだと言えるのか?慶次郎は大きな悩みを抱えてしまいました。
一方、おかつとお秋の店も大変でした。おかつの「花さと」は料理の味を売り物にし、お秋の「おあき」では安さを売りにしたのですが、客足は徐々に安い料理を出す「おあき」に傾いていったのです。どんなに料理を工夫しても客が来ないことにおかつはいらだちます。そして、お秋がおかつの自慢料理を真似して自分の店に出したことを知ったとき、おかつはお秋の店に怒鳴り込んだのです。
完全に仲たがいをしてしまったふたり、しかも順調に見えたお秋の店も実はお金に不自由していました。さらにお秋の店の板前がバクチの借金をつくってしまい、ついに地回りが乗りこんできてしまったのです。
第10話:峠の果て
正月を幾日か過ぎ、七草が近づいたある日、晃之助が根岸の寮にやってきました。今は亡き三千代の位牌に挨拶をするためでもありましたが、慶次郎が喜兵衛と名乗っている宗七を追っていることをやめさせるために来たのでした。もうお役目は返上して隠居をしたのだから、奉行所に全てを任せてほしいと言う晃之助。しかし、その「お役目」に疑問を持ってしまった慶次郎は、宗七に二度と殺しはさせない。この件はしばらく預からせてくれないか。と頭を下げて願います。
自分自身にもわからない、執念ともいえる宗七へのこだわりが慶次郎を強く動かしているのです。
その頃、お登世も宗七に会っていました。宗七を探すため江戸に出てきたお継のためにも、喜兵衛ではなくお継の亭主・宗七と名乗ってくれと願うのですが、名乗れば人殺しの女房にしてしまいますから...と首を縦に振らない宗七でした。
数日が過ぎた頃、古着屋・太田屋では使用人たちが宗七に詰め寄っていました。
最近、町方が宗七を探っているようなのでそれを心配していたのです。
宗七の過去を知らず、「おとっつぁん」とひたすら慕う彼らは、何があってもついていくから、心配事があるなら打ち明けてくれと訴えるのです。
その時、宗七の中で何かがはじけました。そして深夜、十一年前の火事があったあの場所へ向かったのです。どぶ板をはがし、隠された過去の記憶に苦悶する宗七。その時、宗七の後をつけてきた慶次郎が現れました。対面する二人。突然、宗七は慶次郎に向かって刃物を抜いたのです。
「生きようとすればするほど、痛いんだ。俺は仏じゃねぇ」十一年間の心の地獄を吐露した宗七に慶次郎は気づきます。
「今わかった、なぜ俺がお前を追いつづけたのか...!」
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