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粉雪の舞う夜   北海道・函館市電 1969年3月1日

2016年5月11日

 新しいサイトを立ち上げました。右側メニュー「ちょっとセンチメンタルな旅」からお入り下さい。

 このサイトも引き続き更新していくつもりですが、どうしたらばよいか考えています、少々お待ち下さい。

 

2016年1月2日

 お待たせしました、更新しました。

 「肥薩線矢岳越え・真幸」を掲載しました。「寫眞帳」よりお入り下さい。

最後になりますので、ちょっと気合いを入れてページを作りました。

これで「落日の蒸気機関車」編は終了しますが、これからどうしましょう?

最初のころに作ったページは、今から考えると大分手を抜いていますから補足するかもしれません。

また、新しい企画、ページも考えましょう。ご意見をお寄せいただければ幸いです、よろしくお願いいたします。

 

2015年11月24日

 お待たせしました、更新しました。

 「肥薩線矢岳越え・大畑」を掲載しました。「寫眞帳」よりお入り下さい。

 

2015年8月28日

 「羽越本線・笹川流れ」に写真と文章を追加しました。

 

2015年8月26日

 前回は半月足らずで更新したのに… いやはや、ようやく更新しました。

 「羽越本線・笹川流れ」を掲載しました。「寫眞帳」よりお入り下さい。

 羽越本線を最初に撮影したのは1964年春で、最後は72年春。足かけ9年間にわたって撮影していたわけです。電化されるのが比較的遅かったので長い間撮影していられたのでしょう。鉄道だけでなく取り巻く情景も大きく変わった9年間でした。

「J Train」連載企画はあと二つ。さぁどうしましょうか。

 トップの写真も替えてみました。蒸機ではありませんがいかがでしょうか。

 

2015年5月8日

 驚かないで下さい、半月も経たずに更新しました。

「御殿場線」を掲載しました。「寫眞帳」よりお入り下さい。

 撮影に行ったのは高校生のころ (正確には高校一年、三年、浪人時代です)の三回だけ。写真的には苦しいものもありますが、ご容赦下さい。

 しばらく更新ができないと思いますが、こちらもお許し下さい。

 

2015年4月28日

 更新しました。

 「筑豊本線・C55,D60」を掲載しました。

大量51枚の写真を掲載しました。

理由は本文を読んで下さい、 質より量です。

同じようなカットが多くなってしまいましたが、お楽しみ下さい。

 

2015年3月1日

 お待たせしました、久しぶりの更新です。

 「釧網本線・網走〜斜里」を掲載しました。

今年の流氷はどんな具合でしょうか。暖冬の影響もあってか、かつてのように流氷の上を散歩することもできなくなっているのでしょうが、40年以上も前のこと、のんびりとした時代だったと思い返しています。

 今回の「釧網本線」に載せた写真と重複しましたので、トップ写真を差し替えました。しばらくはこれで行きましょう。

 

2014年12月6日

 「Links」に「風太郎のPな日々」を追加しました。すてきなサイトです。

 

2014年12月2日

 師走になりました、カレンダーもあと一枚。 その、来年のカレンダーを作ってみました。詳細は右の「2015年カレンダー」をクリックしてご覧下さい。

プレゼントもあります!

 

2014年10月7日

 今回は一ヶ月を経ずに更新できました、特に気に入っていた「米坂線・宇津峠」です。デジカメ複写方式のスキャニングが好調で作業が進みました。

 今回は、特に6X6版を使った正方形の画面が多く、小さなモニターでは見づらいかもしれません。なるべく大きなモニターで見て頂きたく思っていますので、その点はご理解下さるようお願いいたします。

 次回は... 約束するのは止めましょう。しばらく旅に出るので年内は難しいかもしれません。

 

2014年9月13日

 4ヶ月半ぶり、ようやく更新をしました。

「鹿児島本線・八代〜西鹿児島」を載せました、「寫眞帳」からお入り下さい。

 この間色々なことが有りました。長年使っていたフィルムスキャナー「Minolta Dimage Scan Multi Pro」の調子が悪くなり使えなくなりました。修理は出来ず、まだまだスキャンを終えていないネガがたくさんあり、頭を抱える他ありません。

 台湾製の高性能フィルムスキャナー、フラッドベッド、などいくつか検討したのですが、「諸河 久 氏方式」のカメラによる複写に切り替えました。EOS 5D Mk3によるものでは画素数、解像度が足りず、別の方法です。機会がありましたらば詳細を発表しようと思っています。

 スキャナー騒ぎの後は、我がMacの、このWeb Siteの情報を置いていたハードディスクが突然クラッシュ。大切な写真データなどはバックアップを取っていましたが、いくつかデータを飛ばしてしまいました。幸いSiteのデータはサーバーからダウンロードしてリカバーできましたが、一時は焦りました。

 油断は禁物、慎重にやらねば、と思っています。

9月14日 「鹿児島本線・八代〜西鹿児島」後半に写真文章追加しました

 

2014年5月1日

 大変お待たせしました、ようやく更新ができました。

「磐越西線・中山宿」を載せました、「寫眞帳」からお入り下さい。

 大幅刷新からちょうど一年になります。一月に一度ぐらいは更新したいと思っていたのですが...なかなかそうはいきませんでした。

 今後ともどうか長い眼で見ていただき、お付き合い下さい。

 一部手直しをして、写真文章を追加しました。

 

2014年3月2日

 長い間更新をせずすみません。昨年暮れから旅に出て、帰ってきたらばスケジュールの厳しい仕事が入ってしまいました。4月上旬には終了予定ですので、4月下旬には更新できると思います、もうしばらくお待ち下さい。

 1月9日、旅から帰ってきた夜に悲しい知らせが届きました。この日の朝、大学時代の友人吉岡利隆君が亡くなりました。彼はぼくより3歳年下で、よく一緒に旅をしました。大畑や真幸の駅で、堅いベンチの上で幾晩も過ごしたことが昨日のように思い出されます。

 大学院を卒業後東芝に勤めたのですが、日本の企業の器には収まりきらなかったのでしょう、オーストラリアに家族と共に移住し、技術屋として活躍していました。

 このサイトからもリンクしていますが、吉岡君のサイトを見ていただくとよく分かるように、緻密で奥深い鉄道趣味の世界を構築していました。特にスクラッチビルドで作るライブスティームは白眉です。

 数年前に「リンパ腫」になり、闘病生活を送ったのですが順調に回復し、あぁ良かった、と思っていた矢先でした。昨年末から体調を崩して入院し、あっという間に帰らぬ人となってしまいました。63歳、若すぎる死です。

 

 

 

 

追悼 吉岡 利隆 君

 

別れはいつかは来るものなのだが、それにしても早すぎるよな。
「リンパ腫」と闘っている、と数年前に聞いた時も、驚き、大変なことになったなと思ったものだ。
しかし、幸いなことにその後経過も良さそうで律儀に毎週更新されるサイトで報告される、凝りに凝った作りのライブスティームの製作記は工夫しながら、試行錯誤しながら、順調に仕上がって行く様がまるで彼の体調が回復し、元通りに戻ってきたような気にさせられた。

僕は12月半ばから旅に出ていて、サイトのチェックもしていなかったので12月12日から入院していたことは知らず帰ってきたその日の夜に聞いた訃報に、言葉もなかった。

今、改めてサイトを開けて、「闘病記」の最後に記された「異様に疲れる」との言葉を見る弱音を吐くことのなかった彼、入院してからの一ヶ月間の想いは......
考えるだけで、悲しく、切なくなってくる。

残された我々は、健康に気をつけて彼の分まで長生きをしよう。

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彼とはよく旅をした。
この写真も一緒の時だったが、同じ写真を撮るのを嫌った彼はどこか別のアングルから撮っているはずだ。
彼岸でも蒸機は走っているのだろうか。

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1973年2月 好きだった大畑で


 

 

2013年12月10日

 「寫眞帳」・「常磐線・平〜仙台」に写真9点、文章を追加しました。

 

2013年12月4日
 長らくお待たせしてすみませんでした 「寫眞帳」に「常磐線・平〜仙台」を載せました。

 

2013年9月19日

 「寫眞帳」に「郷愁の奥中山」を載せました。11年前に東北新幹線が八戸まで伸びた時に特別ページとして掲載したものです。少々文章が長いのですが、幹線蒸機列車の活躍の一端をお楽しみ下さい。

 

2013年8月17日

 「寫眞帳」の「石北本線・常紋」に写真7点追加。その他色々手直しをする。

 

2013年8月12日

 写真集「汽罐車」に 「写真集 制作物語」の前半を載せる。「Profile」も一部手直しする。

 

2013年8月8日

 恥ずかしながら「Profile」を掲載。summarily、略歴と 「半生記」ならぬ33歳までの「反省記」前半を載せる。 summarilyはともかく、「反省記」は余計なことを色々と書いたので、都合が悪くなったらばこっそりと修正します、早めにご覧下さい。

 

2013年8月3日

 「寫眞帳」に「石北本線・常紋」を載せました。猛暑の中、厳寒の北海道をお楽しみください 。

 

2013年7月2日

  「駄文・雑文」「雑」に「昭和天皇の手相」を載せる。大丈夫かな?

 

2013年7月1日

  「冩眞帳」に「日豊本線・田野、門石」を載せました。順番からいえば「筑豊本線 C55、D60」だったのですが、諸般の事情で、というほどでもありませんが、パスしました。もちろん後日掲載します。

 

2013年6月26日

  お待たせしてすみませんでした、久し振りの更新です。「冩眞帳・小海線」に写真6点追加しました。

  印度、タイランドで鉄道旅行を楽しんできました。タイではオハ35、12系改造客車に乗り、通票閉塞、腕木信号機をを撮影したり、窓の開く長編成の夜行列車に乗って高感度をが使えるデジタルカメラで夕景、夜景撮影をしてきました。面白いものが撮れましたので、どこかで発表したいと思っています。

  

2013年05月10日

  明日から一ヵ月ちょっと旅に出ることになり、6月下旬まで更新ができなくなりました。 4月28日に再開したばかりで、サイト制作ソフトの使い方のコツもようやく分りかけたところです。これからも掲載量を増やし、更新をしていきますので、どうかご了承下さい。

 このサイトのサイズは、できるだけ写真を大きく見ていただこうという趣旨で、横1200pxにしています。 ですので、スマートフォンやタブレットはもちろん小型のラップトップでも見づらいと思い、悩んでいます。「もっと小さくしろ」「このままで良い」「大きくしろ」などご意見をいただければ幸いです、どうぞよろしく。

 

 

2013年05月01日

  色彩を持たない サイトをつくる、 その逡巡の日々

 

  いろいろと悩みながらサイトを再開しました。

  文字どおり"色気"はないサイトです。でも、黒は最もゴージャスな、白は最も爽やかな"色"ではないでしょうか。モノクロームの写真をお楽しみいただくと同時に、かつての素朴な生活の"豊かさ"にも想いを巡らせていただければ幸いです。

  2010年10月に「大木茂 鉄道写真館」としてサイトを開設しました。サイトの制作管理は大木の友人、堀越庸夫氏と榊原茂典氏にお任せしていましたが、今回私自身で制作管理にあたり、大幅に刷新してみました。お二人には、長い間わがままを聞いていただきながら運営していただきました、ありがとうございます。

  今後はより私的な、個人的な想いを綴るサイトとして展開していこう、今まであちこちに発表した写真や書き散らした文章を載せていこう、と考えています。

  だらしのない性格ですから更新が滞ることもしばしばだと思いますが、どうか長い目でおつき合い下さい、まだ工事中の所がありますが、どうぞよろしくお願いいたします。