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東工大の学生へ

この研究室に、卒業研究で来てくれる東工大生は、多くはありません。ー こう言うと、多くの方は不思議がられます。「何で? こんな面白そうな研究室なのに」と。
なぜなんだろう? とても不思議です。
理由はいくつか考えられと思います。

  1. そもそも生命理工学部のキャンパス(すずかけ台)と違って大岡山に研究室があるので、友達と別れ別れになってしまう。それがいや。・・・もっともな理由です。
  2. やっているのが分子や細胞のレベルではない。だから、今まで学んできたこととはまったく違い、興味がもてない。・・・それは食わず嫌いです。やってみると面白いよ。
  3. 研究内容が、直接、世の中の役に立つとは思えない。
  4. だから、企業などへの就職に役立つとも思えない。・・・この二つの理由について、ここで考えてみましょう。やはり東工大の学生は、直接役に立つことを目指して、この大学に入ってきているのだと思います。だから、これは、とても重要なポイントです。

私の仕事はナマコやウミユリの生物学です。そもそも、ウミユリなんて名前は、聞いたことがないかもしれませんね。純粋な生物学、それも棘皮動物という、いわばマイナーな仲間の生物学です。便利なものを作ろうとか、病気を治そうとか、食べ物の増産に役立てようとか、直接世の中の役に立つことを目指しているわけではありません。
でも、何の役にもたたないのかと言えば、そういうことは、決してありません。
どんな役に立つかと言えば、

  1. 私たちの知の地平を広げる
  2. 自然を見通す新しい視点を提供する

私は、とくに2番目の点を強調したいと思います。
私は、ナマコのような、私たち人間とは全く違った生物を研究することにより、世界を、まったく違う角度から眺めることができるようになりました。

私は、自然科学の重要な使命は、自然を見る見方、つまり自然観を提供することだと思っています。
今までは、物理学的自然観が世界を支配していました。でもいまや、生物学的自然観が必要とされているのです。そして、それを学ぶことができるのが、この研究室なのです。この点が、他の研究室と際だって違うところだと自負しています。

 でもそんな、あまりにも人と違うことをやっていて、就職の時、困るんじゃないの? と心配になるかもしれませんね。
 その心配は無用です。学部や修士で卒業・就職するなら、まったく困りません。私は、生物学的なものの見方を身につけて、さまざまな職業につくのが、とても良いことだと思っています。そのような人たちは貴重な人材になります。だからどちらかと言えば、他の研究室よりも、就職に有利になると思っています。今まで、うちの研究室の卒業生たちは、それなりのところに、皆就職しています。

 問題になるのは、ドクターまで行った場合ですね。
ドクター進学は、正直言って、安易にはおすすめできません。 棘皮動物の研究者のポストなど、世界を見渡しても、無きに等しいので、博士課程の仕事を、そのまま続けられる保証は、まったくないからです。
 小生のところでドクターをとって、また別の分野に進出するというのは、良いことだと思います。生物の息づかいがわかった人が、できるだけいろいろな分野に行って欲しいと私は思っています。(世間が受け入れてくれるという保証は、私はできません。そこが問題です。)
小生のところでやったドクターの仕事を、そのまま続けていこうと思ったら、これは大変です。職がありません。こんなはやりもせず、世の中に直接お役にも立たないことで生きていくのは至難のわざです。こういう人間は、まあ、無駄飯食いですので、それを養ってくれるほど、世の中は甘くはないのです。基礎的な生物学者は「河原乞食」だと私は思っています。よっぽどの「芸」をしなければ、存在を許されません。そしていつも貧乏です。

「学道の人は先須く貧なるべし」(学道の人は、まずすべからく貧なるべし)(道元) 


まず、貧乏を覚悟しなければなりません。
道元禅師は、こんなふうにもおっしゃっています。「音楽家や詩人、武術家や学者で金持ちの人など、いまだ聞いたことがない。みんな貧乏をしのんで他のことには脇目もふらずにその道を好んだから、名を得たのだ。」「着るものや食うに事欠く事態になったらどうしようかと、あらかじめ心配する必要はない。その時は乞食をすればいいのだもの。」ーーーこういう厳しい覚悟と、明るい楽天性が必要です。
 こういう覚悟のある人間なら、大歓迎です。そういう人が、一人でも出てきてくれたら、嬉しいなあ。
(私自身は、幸い、役に立たないことをやって、税金で食べさせていただいています。希有のことだと感謝しています。ありがとうございます。ですから、それなりの「芸」をして皆様を楽しませることを心がけているのです。)

暗いことばかり書いてきましたが、本当は、未来は明るいと思っています。現在のように分子生物学がすべてを覆い尽くしている時代が、そう長く続いていくはずはありません。近いうちに、また、なまなましい生物の生活に目をやる生物学が、大いに脚光をあびてくるに違いないと思っています。この冬の時代を我慢すれば、日はまたさんさんと降り注ぐようになると、私は信じていますよ。


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東工大以外から入学を考えている学生さんへ

大歓迎 !

修士課程で、東工大以外から入学しようと思っておられる方、 ぜひ、ご連絡下さい

E-mail:
motokawa.t.aa m.titech.ac.jp

じつは今、大学院にいる人たちは、ほとんど東工大以外の出身者です。 出身学部も、工学部、文学部、人間科学部、農学部、水産学部と、さまざま。 私は、いろんな違う考えの人たちが集まって、ごちゃごちゃやっているのが好きです。

博士課程から来たいとお考えの方。 入試は修士論文の発表と英語だけです。とても入りやすいので、ぜひお考え下さい。とても入りやすいので、ぜひお考え下さい。


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知的な奥様・若々しいシルバー世代の方々へ

学問は、一番安上がりで、意味のあるエンターテインメントです!

地味な生物学・博物学などで食べていくのは大変です。だから、手もつかずに残っている分野がたくさんあります。
子育ての終わった奥様、はれて宮仕えの身を卒業された方々。生物学を、ゆったり、じっくりと研究してみませんか?
アリストテレス曰く。「生活の必要のためでも快適さのためでもないエピステーメー(学的な知)を持つ者ほど『知恵がある』と見なされる。・・・・というのも、彼らは生活のために必要なものにも快適な生活のためにも事欠かない、スコレー(余暇)をもった人たちだからである。」ちなみにスコレー(余暇)が学校スクールの語源です。
今、わが研究室にも、子育てを終え、基礎的な研究をやってみたいとして入学された方がおられます。嬉々として研究なさっていますよ。
学部卒の方なら研究生として、もし修士の学位をお持ちなら、博士課程の学生として、一緒に仕事をしてみませんか? ぜひご連絡下さい。

E-mail:
motokawa.t.aa m.titech.ac.jp


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小・中・高校の教員の皆様へ

小・中・高校の教員の皆様。時間をみつけて研究をやってみたいと思われている方々の受け入れも可能です。


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この研究室でやっていること

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棘皮動物(ウニ・ヒトデ・ナマコ・ウミユリ・クモヒトデの仲間)の研究が主なテーマです。 棘皮動物に見られるキャッチ結合組織について、すべての側面から解明しようと試みています。 主に生理学、形態学的手法を使っています。

棘皮動物以外では「サイズの生物学」「サンゴ礁生物の生理・形態・行動学」「無脊椎動物のバイオメカニクス」など。 キャッチ結合組織とは、硬さがすばやく変わる結合組織です。 皮膚や軟骨や腱をつくっているのが結合組織です。 私たちの皮膚では硬さが短時間で変わることなどありませんが、 ナマコの皮は、あっと言う間にコチコチに硬くなったりドロドロになるほど軟らかくなったりします。 軟らかくなった時には体が自由に変形し、非常に狭い隙間でも通り抜けることができますし、 硬いときには皮がナマコの姿勢を保ち、またナマコを保護する役割をはたします。 私たちは姿勢の保持に筋肉を使っていますが、 ナマコをはじめとする棘皮動物ではキャッチ結合組織を使っています。 キャッチ結合組織の利点はあまりエネルギーを使わない点です。

現在、私たちの研究室で一番力をいれているのはウミユリの研究です。 ウミユリは棘皮動物の仲間で、古生代や中生代という大昔の海では大繁栄していました。 でも現在では深海にしか生息していないため、 動物の進化を考える上では重要な生きものでありながら研究されてこなかったのです。 この動物を大岡山の水槽の中で飼うことができるようになりました。 そして研究を始めてみると、動物学の常識をくつがえす、アッと驚くことが続々と見つかって来たのです。 面白いですよ。

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研究室の基本姿勢としては、その現象が人間にとってどのような意味があるかのみではなく、 その生物にとってどういう意味をもっているのかを考える生物学を行っています。 「生物の側に立った生物学」がスローガンです。 ですから、直接生活にすぐに役立つことを目指してはいません。 でも、キャッチ結合組織の研究は工学的にも注目されています。 皮が状況に応じて硬さが変わるわけですから、 新素材として頭のいい工業材料を作るモデルになるのではないかという期待がかけられています。 また、そもそも生物学的思考がこれからの社会には必要であるのだという論陣を張り、 物質的ではない形で社会の役に立つ研究を実践しています。

私はみんながやりたがることはやらない、というのが主義です。 みんなが当然そうだと思っていることも、違った視点から眺めるのが好きです。 棘皮動物を研究して何になるの?とよく聞かれますが、直接は何の役にもたちません。 でもね、われわれと全く違った発想で生きているものと深くつきあっていると、 棘皮動物の世界という、まったく違った世界から、私たち人間の世界を眺めることができるようになります。 世界の見え方が変わります。 人間の世界だけに閉じこもって考えて行動するということは、たいへんあやういんですね。 そういう意味で、棘皮動物を研究するということは、とても大切なことだと自負しています。

私はサイズの生物学が好きなのですが、これも、常識を覆すところがおもしろいんですね。 群体ボヤは出芽で個虫の数が増えていきます。 全く同じ大きさのクローン個体が群体をつくるのですから、2匹の群体は、 2倍のエネルギー消費量になると思いきや、そうはならないんです。 だから結局、1+1=2とはならない。 日頃当然のように使っている1+1=2も、疑ってみようではないかというのが、 このホヤを使ってサイズの生物学の仕事です。

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サイズが変わると、思ってもみなかったものが変わるんですね。 時間もそうです。 ゾウにはゾウの時間がある。 ネズミにはネズミの時間がある。 生物の時間は、いろいろかわりうるという結論に落ち着いたら、 私の時間の捉え方がすっかり変わってしまいました(NHKライブラリー「時間」を参照)。 私たちは時間の中で生きており、時間の捉え方が変わるとは、人生観がかわるということです。 これは研究室紹介とは直接関係はないのですが、最近、道元禅師の正法眼蔵の時間論を読んで、 あ、生物学を通して僕が結論として出したことを、こんな昔に言っている人がいる!とびっくりしました。 彼の時間論は生命の時間の本質をついたもの、やはり道元は偉大だなあと、尊敬の念を新たにしました。

私の生物学は、私が生きるということと乖離していない、というところが特徴です。 そこがユニークで独創的なところだと思っています。 でも、そういうことができる分野は、そう多くはないでしょうし、 これを技術として学生さんに教えられるというものでもありません。 技術者として手に職をつけるのが研究室にくる目的ということであれば、 ここはあまり魅力のない研究室かもしれません。 でもね、こういう雰囲気の研究室で学べば、 その後どんな職業につこうが、生きていく底力はつくと、私は思っています。  


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