● 時刻表紹介 全国版の時刻表 JTB時刻表
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○ 主要駅時刻表 1947年6月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1947年6月1日
[サイズ]
縦18×横13センチ(B6判)64ページ
[定価]
12円
終戦から約2年を経たこの号から時刻表もようやく全国版の刊での発行が始まったものの、「主要駅時刻表」の題名が示すとおり国鉄線は主要駅のみの掲載、会社線は収録されていません。
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○ 日本國有鉄道編集 時刻表 1950年10月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1950年10月1日
[サイズ]
縦18×横13センチ(B6判)298ページ
[定価]
80円
1949年6月に日本国有鉄道が発足、交通公社の時刻表は1949年7月号から「日本國有鉄道編集」と記されました。国鉄編集は1951年3月号で終わり、「JNR編集時刻表」1987年4月号までの36年間、交通公社の時刻表は国鉄監修として発行されました。
この時刻表では1950年10月1日ダイヤ改正を収録。前年9月に復活した東京・大阪間の特急列車「つばめ」「はと」の所要時間が1時間短縮の8時間となり戦前の水準に並びました。また、全国の主要幹線に急行列車が増発されましたが、11月2日まで急行列車には列車名が付いていませんでした。
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○ 日本国有鉄道監修 時刻表 1956年12月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1956年12月1日
[サイズ]
縦18×横13センチ(B6判)418ページ
[定価]
100円
時刻表もだんだん分厚くなってきました。1956年11月19日のダイヤ改正時刻を収録。東海道本線全線電化完成で東京・大阪間の特急「つばめ」「はと」の所要時間が30分短縮の7時間30分になったと共に、京阪神地区の時刻を深夜時間帯とした東京と九州を結ぶ特急「あさかぜ」の新設が話題となりました。12年振りの九州特急の復活です。
この時刻表の本文上部欄外には、白抜きの数字が不規則に振られています。これは国鉄全線を35群に分類し、その番号を記すことで掲載ページを探しやすくしたのですが、好評でなかったためか、ほどなく消えてしまいます。
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○ 日本国有鉄道監修 時刻表 1961年10月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1961年10月1日
[サイズ]
縦18×横13センチ(B6判)624ページ
[定価]
150円
当時、国鉄史上最大のダイヤ改正であった、1961年10月1日のダイヤ改正時刻を収録。「ダイヤ改正」の表現を最初に使用した時刻表と思われます。以前は「時刻改正」の表現を使用していました。本文では「現在のダイヤを一旦白紙に戻し」という表現も見られ、昭和40年代から50年代にかけて全国規模のダイヤ改正時に使用された「白紙ダイヤ改正」の語源を見ることができます。
特急列車が18本から52本に、急行列車が126本から226本に、準急列車が400本から448本に増発、大きさも現在の「コンパス時刻表」「日本時刻表」と同程度となり、だんだん携帯に向かなくなってきました。そこでこの号では主要幹線の特急・急行・準急列車のみを収録した32ページの別冊付録「特急 急行 準急 ポケット時刻表」を付けています。別冊付録は1963年7月号まで毎号付きました。
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○ 国鉄監修 交通公社の時刻表 1967年10月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1967年10月1日
[サイズ]
縦26×横18センチ(B5判)?ページ
[定価]
180円
交通公社の時刻表500号記念号。この時刻表から大きさがB6版から現在のB5版に拡大され、いよいよ持ち歩きが難しくなりました。世界初かつ唯一の寝台電車がデビューした、1967年10月1日のダイヤ改正の時刻を収録しています。
時刻表の表紙を飾った寝台電車は、昼間は座席車に変身して新大阪・大分間の「みどり号」に、夜間は新大阪・博多間の寝台特急「月光号」に使用され、車庫用地を増やさずに輸送力増強を実現しましたが、10年ほどで昼間はボックスシートの座席が嫌われ、夜間は新幹線の延伸と国鉄の衰退で利用者が減少し、国鉄末期には多くが普通列車用に改造され仙台・九州・北陸に送られました。2006年時点で、大阪・新潟間の急行「きたぐに号」でのみ使用されています。
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○ 国鉄監修 交通公社の時刻表 1968年10月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1968年10月1日
[サイズ]
縦26×横18センチ(B5判)?ページ
[定価]
180円
現在でも国鉄史上最大規模のダイヤ改正と言われる、「よんさんとお」こと1968年10月1日のダイヤ改正の時刻を収録。東北本線全線の複線電化が完成し、東北特急の増発とスピードアップが実現、「しなの」「ひだ」「日本海」など現在でも活躍する特急列車も登場しました。準急列車の廃止と列車愛称名の整理も実行。
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○ 国鉄監修 交通公社の時刻表 1969年5月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1969年5月1日
[サイズ]
縦26×横18センチ(B5判)?ページ
[定価]
180円
ダイヤ改正号とはいえ、その内容は新幹線三島駅開業と伊豆特急「あまぎ号」の新設と小規模ですが、この号は時刻表の歴史にその名を刻む貴重なものです。
鉄道開業以来の1等・2等の等級制を廃止し、現在に続く普通車・グリーン車・B寝台・A寝台などのモノクラス制を導入する国鉄営業制度の大改訂が、1969年4月1日に予定されたものの国会の審議が紛糾、ゴールデンウィークの時刻表がいつまでも発行されない事態となり、仕方なく旧制度を掲載した1969年6月号を4月26日に発行、5月9日にようやく法案が可決され、5月10日以降に新制度を掲載した1969年5月号を発行しました。そのため「通巻519号」が世の中に2種類存在します。写真は復刻されたもので、これは後者のものです。
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○ 国鉄監修 交通公社の時刻表 1970年8月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1970年8月1日
[サイズ]
縦26×横18センチ(B5判)?ページ
[定価]
200円
日本万国博覧会の開催に伴い 新幹線は従来の12両編成を16両編成に増強し、在来線では団体旅行用の12系客車を大量に製造して大量の観客を輸送しました。表紙ももちろん万博会場。
後に万博輸送の反動で利用者の減少を予想した国鉄は、「エキゾチック・ジャパン」キャンペーンを展開、国内観光ブームが巻き起こりました。すでに累積赤字を積み上げつつあったとはいえ、この頃が国鉄輸送が最も輝いていた瞬間です。
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○ 国鉄監修 交通公社の時刻表 1972年2月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1972年2月1日
[サイズ]
縦26×横18センチ(B5判)?ページ
[定価]
200円
翌月に山陽新幹線岡山延伸を控えたダイヤ改正直前号。「1972.2.3」の2か月併記が珍しい時刻表です。この月には札幌オリンピックが開催されていて、臨時特急「オリンピア号」の時刻が掲載されています。
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○ 国鉄監修 交通公社の時刻表 1975年7月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1975年7月1日
[サイズ]
縦26×横18センチ(B5判)616ページ
[定価]
400円
北海道に初めての電車特急「いしかり号」がデビューした、1975年7月18日の北海道ダイヤ改正の時刻を収録。沖縄海洋博の案内も掲載されています。25年前の時刻表なので、すっかり黄ばんでいます。
幹線と地方交通線の色分けもなく日本全国に張り巡らされた国鉄線と国鉄バスのネットワーク、単純でわかりやすい新幹線の停車パターン、充実の夜行列車網と急行列車網、本数が多く便利な観光地の路線バス、1,000キロ乗って4,010円の国鉄運賃、すべてが時代の変化を感じさせます。
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○ 国鉄監修 交通公社の時刻表 1976年4月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1976年4月1日
[サイズ]
縦26×横18センチ(B5判)616ページ
[定価]
450円
国鉄線の時刻自体には特に変化はありませんが、時刻表史上初となる全自動写植システムを導入、鉛の活字を使用する活版印刷からの切り替えが開始され、新幹線・連絡早見表のページが2色刷りになりました。
この前年の1975年12月に北海道・室蘭本線で最後の蒸気機関車牽引列車が廃止、1976年3月には追分駅構内で働いていた蒸気機関車もディーゼル機関車に置き換えられ、国鉄線からSLの煙が消えました。
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○ 国鉄監修 交通公社の時刻表 1978年10月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1978年10月1日
[サイズ]
縦26×横18センチ(B5判)616ページ
[定価]
500円
1975年3月の新幹線博多開業以来、3年半ぶりの全国規模でのダイヤ改正の時刻を収録。飴をなめた少女がホームで列車を待つ表紙写真が話題を呼びました。紀勢本線電化で振り子特急「くろしお号」が登場し、新幹線延伸以来客足が遠のいた関西・九州間の寝台特急が削減されました。
特急列車の号数が現在のように下り奇数・上り偶数となり、大ヒット曲の曲名であった新宿8時00分発の「あずさ2号」が新宿発でなくなったのもこのダイヤ改正の時です。同時に電車特急には絵入りヘッドマークが入り、鉄道少年のカメラの砲列が向けられました。
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○ 国鉄監修 交通公社の時刻表 1980年10月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1980年10月1日
[サイズ]
縦26×横18センチ(B5判)616ページ
[定価]
600円
国鉄史上初めて列車の本数を大規模に削減した、1980年10月1日のダイヤ改正の時刻を収録しています。ダイヤ改正イコール増発の歴史であった新幹線「こだま号」を初めて26本も削減、東京・西鹿児島間を日豊本線回りで結ぶ日本最長距離列車「富士号」が宮崎で打ち切られるなど、暗い話題の多かったダイヤ改正でした。
北海道内の特急列車網が、函館での青函連絡船接続重視から札幌中心へと切り替えられたのもこの時。日本初の本格的な空港連絡駅である千歳空港駅(現・南千歳駅)が開業しました。
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○ 国鉄監修 交通公社の時刻表 1987年3月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1987年3月1日
[サイズ]
縦26×横18センチ(B5判)870ページ
[定価]
740円
「国鉄監修」の最終号です。「エキゾチックジャパン」の文字や国鉄廃止路線の転換バスの時刻が、当時の時刻表には掲載されていました。青函連絡船や宇高連絡船が健在です。当時はピンクのページ国鉄営業案内が会社線の手前にありました。
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○ 交通公社の時刻表 1987年4月号
[発行元]
日本交通公社
[発行年月日]
1987年4月1日
[サイズ]
縦26×横18センチ(B5判)870ページ
[定価]
740円
「JNR編集時刻表」の登場で「国鉄監修」を召し上げられた最初の時刻表です。この後約1年半に渡り、ライバル時刻表との誌面充実合戦が繰り広げられることになります。この号には別冊付録「あいうえお順日本の鉄道全駅一覧」が付いており、古書店では時刻表本体より高値が付けられることもあります。
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○ JTB時刻表 2000年7月号
[発行元]
JTB
[発行年月日]
2000年7月1日
[サイズ]
縦26×横18センチ(B5判)1,152ページ
[定価]
970円(本体924円)
「交通公社の時刻表」は1989年11月号から「JTB時刻表」に改称されました。当時は日本交通公社が正式な社名として存在していましたが、書籍・雑誌・パンフレット・インターネット等では「JTB」を社名として使用していて、時刻表についても同様です。
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○ JTB時刻表 2001年1月号
[発行元]
JTB
[発行年月日]
2001年1月1日
[サイズ]
縦26×横18センチ(B5判)1,152ページ
[定価]
1,050円(本体1,000円)
1998年7月号と8月号の間に「時刻表別冊るるぶじゃぱん夏号」を発行、目出度く2001年1月号が通巻900号の記念号となり、表紙と背表紙の金地の表題が豪華です。この年から正式社名もJTBとなり、天王洲アイルの新築自社ビルに本社を移転、その本社ビルが表紙を飾りました。
黄色いページTIMETABLENEWSでは「時刻表900号のあゆみ」として、見開き2ページでJTB時刻表の歴史年表を紹介しています。この号から背表紙下部に表紙と同じ写真を載せ、パワーユーザーには書棚に並べても過去の時刻表を検索しやすくなりました。
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