抹香鯨の鉄道事故年表


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2000年3月8日 営団日比谷線列車衝突事故(死者5名・負傷者64名)

概要

 2000年3月8日9時1分頃、東京都目黒区の営団地下鉄日比谷線中目黒・恵比寿間で、北千住発菊名行電車(営団03系電車8両編成)の最後尾車両の前部が脱線、隣の線路を走行中の中目黒発竹の塚行電車(東武20000系電車8両編成)の中間車2両にかすり1両に衝突した。

原因

 事故直後には不明とされたが、後の研究で左右の車輪にかかる重さ(輪重)のアンバランス、レールと車輪の摩擦増大、保守工事でのレール削正の形状、急曲線・S字カーブ・急勾配区間での低速運転など、小さな多数の要因が働いた「乗り上がり脱線」と断定された。

影響

 全国の鉄道事業者は脱線防止ガードの設置基準を厳しくした。事故原因の究明後に運輸省は輪重の差を10%以内に抑えるよう指示、「推定脱線係数比」という新概念が発明された。なお、この事故でようやく、事故原因の究明と防止を目的とした運輸省の調査と、責任の所在の把握と関係者の起訴を目的にした警察の捜査のバッティング、そして軽微な事故を事業者が恥として隠し他社に教訓が生かされない現状が鉄道事故についても指摘され、2001年10月の航空・鉄道事故調査委員会の創設につながった。


2000年9月11日 東海道新幹線豪雨遅延事故(負傷者なし)

概要

 2000年9月11日から12日にかけて東海地方を襲った集中豪雨により東海道新幹線が断続的に不通、列車が最大で約22時間遅れ、多数の乗客が列車内に閉じ込められた。

原因

 集中豪雨により変電所が浸水したり雨量規制で運行停止をかけたことによるが、JR東海の新幹線運行管理のミスも大きい。楽観的な天候回復を見込み、通常通りに列車を発車させ、結果的に多くの列車を駅でない場所に立ち往生させた。

影響

 治水事業で初めて東海道新幹線の橋りょうが架け替えられる。運行管理に関してはとくにない模様で、今後も同様の災難が懸念される。


2000年10月17日 イギリス・ハットフィールド列車脱線事故(死者4名・負傷者70名)

概要

 現地時間2000年10月17日12時23分頃、イギリス・ロンドン近郊のハットフィールド駅付近で、ロンドン・キングスクロス発東海岸本線経由リーズ行特急列車(機関車1両・客車8両・ビュッフェ1両・車運車1両の11両編成)が脱線した。

原因

 線路の老朽化による「ゲージコーナークラッキング」と呼ばれるレールの分解破損。その遠因として、1994年に英国国鉄が分割民営化で25の列車運営部門と3の車両リース部門と、線路や信号など鉄道施設の保守管理を一手に引き受けるレールトラック社に分割され、その株価上昇利益追求路線により線路の保守がおろそかになったと指摘される。

影響

 信用を失ったレールトラック社は2001年10月7日に経営破綻し実質的再国有化。事故後に全国1850箇所で発覚した線路破損の応急修繕によるダイヤの乱れも加わり鉄道の安全と正確さへの信頼が失われ、鉄道利用者が減少した。また、その後のレールの維持管理の研究を促している。


2000年11月11日 オーストリア・ケーブルカー火災事故(死者155名)

概要

 現地時間2000年11月11日9時00分頃、オーストリア・カブルンのケーブルカー「Gletscherbahn 2」の登り列車(2両編成・乗員1名乗客161名)の後部運転台から出火、トンネル内で全焼した。登り列車の乗員1名と乗客149名(日本人10名を含む)、下り列車の乗員1名と乗客1名、山頂駅(アルペンセンター駅)の3名が死亡。

原因

 運転台の電気ファンヒーターの発火による。家庭用の機器を分解して取り付けていた。ケーブルカーの全長3.8kmのうち3.2kmが勾配45度のトンネル区間となっており、煙突の仕組みで燃焼が促進されて煙が上方に流れたため、下方に避難できた12名を除くトンネル内の乗員・乗客の全員が犠牲となった。

影響

 ケーブルカーは廃止されリフトに転換。国内でも国が全鉄道事業者に安全点検を指示。中学生を含む日本人に多数の犠牲者が出たため、事故は国内でも大きく報道された。事業者の役員16名が刑事裁判にかけられたが最高裁で全員が無罪判決。オーストリア政府からの総額1340万ユーロ(約22億円、一人あたり約1400万円)の損害賠償提案を日本人遺族は拒否していたが、2008年に受け入れた。

※2008年9月補訂:事故後の内容を反映

2000年12月17日 京福電気鉄道・越前本線列車正面衝突事故(死者1名・負傷者25〜26名)

概要

 2000年12月17日13時頃、福井県の京福電気鉄道福井支社越前本線志井堺駅で、永平寺発東古市行普通列車(251型電車1両)と福井発普通列車(1101型電車1両)が正面衝突。永平寺発列車の運転士1名が死亡。

原因

 永平寺発列車のブレーキロッドという棒が1本折れたためブレーキが効かず、永平寺線内全駅を通過した後に終着駅の東古市駅から線路を伝って越前本線に進入、福井発電車と衝突したもの。整備不良が疑われている。通常の鉄道車両には複数系統のブレーキが備わるがこの車両には一系統しかなかった。

影響

 運輸省は京福電鉄に対して全車両の、全国の鉄道会社に対して複数系統のブレーキのない車両の緊急点検を指示した。京福電鉄では複数系統のブレーキのない車両7両の使用を停止、車両不足で運休していた永平寺線は2001年2月24日に運行を再開。


2001年1月13日 JR東日本・宇都宮線列車連結分離事故(負傷者なし)

概要

 2001年1月13日14時55分頃、埼玉県浦和市のJR東日本東北本線浦和駅で、上野発宇都宮行列車(E231系電車10両編成)の最後尾車とその1両前の車両との間の連結器が外れ、非常ブレーキがかかり約2メートルで停止した。乗客約900名にけがはなし。

原因

 前年導入の新型電車の先頭車で採用された、列車衝突時に乗務員等を保護するための新型連結器が、平常時に脱落したもの。2000年12月25日18時半頃にも、栃木県野木町のJR東日本東北本線野木駅で、宇都宮発上野行列車(E231系電車15両編成)が同じ事故を起こしている。

影響

 同形式の先頭車58両と、同じ連結器を使用する特急電車6両の連結器を交換した。


2001年1月26日 JR東日本・山手線新大久保駅ホーム転落事故(乗員乗客の負傷者なし)

概要

 2001年1月26日19時10分頃、東京都のJR東日本山手線新大久保駅で酔客1名がホームから線路に転落、カメラマンと韓国人留学生が救出のために線路に降りたところを内回り線列車(205系電車11両編成)にはねられ、3名とも死亡した。

原因

 酔客の転落と救出者の列車無確認によるもの。加えて転落現場がU型の橋梁上であり避難場所がなかった。

影響

 事故そのものは珍しくないものの、犠牲者のひとりが韓国人留学生であったため、両国で美談として大きく報道された。全国の駅で転落時に利用できる待避所やホームに上がるステップが整備された。事故後山手線内の駅ホーム上売店での酒類販売が中止されたが、売上確保の理由で2003年2月15日から再開されている。


2001年3月4日 新宿駅「スーパーあずさ」パンタグラフ落下事故(負傷者なし)

概要

 2001年3月4日、東京都新宿区のJR新宿駅構内で「スーパーあずさ16号」(E351系電車)の屋根上のパンタグラフが外れ隣の線路に落ちた。

原因

 報道がないので不詳。E351系電車は、地上設備の変更を伴わず振り子式電車を導入するために、車両の車体ではなく台車にパンタグラフを載せており、この特殊な構造が悪さをしたかもしれない。

影響

 報道がないので不詳。何らかの落下防止対策が施されたものと思われる。通常では考えられない珍事故だと、鉄道ファンのあいだで雑学的に語られる。


2001年4月8日 福島交通福島駅電車車止衝突事故(負傷者2〜4名)

概要

 2001年4月8日21時35分頃、福島県福島市の福島交通飯坂線で、飯坂温泉発福島行列車(電車2両編成)が美術館・図書館前駅出発後に停電、曽根田駅を通過し、福島駅の車止めを突き破り駅ビルの壁に衝突した。

原因

 整備不良による電車の停電で通常のブレーキが効かなくなり、運転手が動揺して非常ブレーキの操作を怠ったとされる。

影響

 福島・曽根田間が4月13日まで運休となった。


2001年6月24日 京福電気鉄道・越前本線列車正面衝突事故(負傷者25名)

概要

 2001年6月24日18時頃、福井県の京福電気鉄道福井支社越前本線発坂・保田間で、勝山発福井行列車(5002型電車1両)と福井発勝山行急行列車(2201型電車1両)が正面衝突した。

原因

 急行列車の運転士が赤信号を見落としたものと思われる。発坂駅で普通列車と急行列車がすれ違う予定が、急行列車が普通列車の到着を待たずに発車したため、本線の単線区間で衝突したもの。経営難により自動列車停止装置(ATS)が未整備であったため、事故を防ぐことができなかった。

影響

 前年12月に続く半年で二度の正面衝突事故を受けて、国土交通省中部運輸局は運行停止を指示したため、同日21時40分頃から永平寺線と三国芦原線を含めた京福電鉄福井支社全線で運行を中止、翌日からバス代行輸送が開始された。運行再開の条件とされたATS等安全施設の整備に費用が捻出できないとした会社側は、鉄道の廃止を発表。福井県や地元自治体による第三セクター会社「えちぜん鉄道」が運営を引き継ぐこととなり、安全施設の整備の後に2003年7月から10月にかけて順次運転を再開した。永平寺線は廃止。


2001年7月25日 東急田園都市線田奈変電所落雷火災(負傷者なし)

概要

 2001年7月25日14時56分、神奈川県横浜市の東急田園都市線田奈変電所で火災が発生した。

原因

 変電所の付近に落雷があったため。

影響

 翌日から8月3日まで、平日朝の田園都市線長津田・鷺沼間で上り列車を3割削減、急行運転を中止し全列車を各駅停車で運転した。その期間、通勤時間は増えたが列車の混雑が平準化で緩和され、楽だったとの声あり。また、東急では全変電所のアースを改良した。


2002年1月3日 名鉄新羽島駅列車車止衝突事故(負傷者なし)

概要

 2002(平成14)年1月3日10時1分頃、岐阜県羽島市舟橋町宮北の名鉄羽島線新羽島駅構内で、新羽島までの延長運転を実施していた笠松発羽島市役所行列車(3100系電車2両編成・乗員2名乗客6名)が駅の車止めに衝突し、先頭車の前部2.5メートルが高架橋終端から突き出て停止した。

原因

 積雪の影響でブレーキが効かなかったもの。中京地方では41年振りの大雪があった。

影響

 正月早々の珍事として新聞各紙の一面を飾った。事故当日のみ羽島線全列車が運休。なお、新羽島駅は東海道新幹線岐阜羽島駅に隣接する接続駅。


2002年2月22日 JR九州・鹿児島本線列車追突事故(負傷者134名)

概要

 2002(平成14)年2月22日21時30分頃、福岡県宗像市のJR九州鹿児島本線海老津・教育大前間で、停止していた門司港発荒尾行列車(811,813電車7両編成、乗員2名乗客約120名)に、門司港発荒木行快速列車(813系電車5両編成、乗員2名乗客約180名)が追突した。乗客11名が重傷、乗員3名と乗客120名が負傷。

原因

 赤信号を規定の徐行(時速15キロ)運転で通過した快速列車の運転士が、中継信号機の進行現示を青信号と判断して加速したため、中継元の閉そく信号機と中継信号機の間でイノシシと衝突して停止していた普通列車に追突したもの。

影響

 製造後8年ほどの電車8両が廃車。JR九州は3月1日から、赤信号を通過する徐行運転(無閉そく運転)の開始判断を運転士から指令員に変更、5月までに他社も追従した。なお、4月26日に航空・鉄道事故調査委員会から、無閉塞運転と車両の安全向上についての建議が発令されたが、これが同会の建議第1号となっている。

※2008年9月補訂:公表された鉄道事故調査報告書により乗員、乗客数を追記

2002年9月26日 名古屋鉄道・名古屋本線踏切衝突脱線事故(負傷者34名)

概要

 2002(平成14)年9月26日8時32分頃、愛知県稲沢市の名鉄名古屋本線奥田・大里間の踏切で、進入した乗用車に新岐阜発豊橋行特急列車(1000系電車8両編成、乗員3名乗客約900名)が衝突、先頭から2両が脱線した。乗用車の運転手は死亡、乗員2名と乗客32名が軽傷。

原因

 遮断機の下りた踏切に乗用車が入ってきたため。特急電車が時速120kmで走り、ラッシュの時間帯で乗客が多かったため負傷者が増加したが、脱線列車が架線柱をなぎ倒したことによる停電で対向列車が停止し衝突の惨事は防げた。

影響

 電車2両が廃車。壮絶な踏切事故として名鉄ファンの記憶に残る。

※2008年9月補訂:公表された鉄道事故調査報告書により乗員、乗客、負傷者数を追記及び訂正

2002年11月6日 JR西日本・東海道本線救急隊員死傷事故(乗員乗客の負傷者なし)

概要

 2002年11月6日19時45分頃、大阪府大阪市淀川区のJR西日本東海道本線塚本・尼崎間で、京都発鳥取行特急列車「スーパーはくと11号」(HOT7000系気動車5両編成、乗員・乗客約120名)が、線路上にいた大阪市消防局淀川消防署の救急隊員2名をはねた。1名が死亡、1名が重傷。

原因

 約30分前に現場付近で中学生が新快速列車にはねられたため、駅員の立会のもと消防署員が救護活動を行っていたが、輸送指令が作業の終了と勘違いし、通常の速度での列車の運転の再開を指示したため。

影響

 JR西日本が社内マニュアルを整備した。ここで、負傷者の救出作業が終わるまで列車の運行を再開しないとしたため、以後の人身事故時には運転再開まで何時間も待たされるようになり、ダイヤの乱れが増大している。


2003年2月18日 韓国・大邱市地下鉄放火事件(死者192〜198名・負傷者140〜147名)

概要

 2003年2月18日9時53分頃、韓国・大邱市の市営地下鉄1号線中央路駅で列車火災が発生、隣線の車両にも燃え移った。日本人の犠牲者はいなかった模様。

原因

 乗客がガソリンをまき放火したため。避難誘導や防災設備の不備が指摘されている。日本と比較して車両の不燃化やドアコックの有無、駅施設の避難設備や換気装置の能力に差があると見られる。

影響

 事故を受けて消防庁と国土交通省は全国の地下鉄事業者に一斉点検を指示、各地でや安全点検や防災訓練が実施された。消防法改正前に建設され現在の基準を満たしていない地下駅について、防火シャッターや避難経路の増設などの改修工事の検討や着手が行われている。


2003年2月26日 山陽新幹線岡山駅列車停止事故(負傷者なし)

概要

 2003年2月26日15時20分頃、岡山県岡山市の山陽新幹線岡山駅で、広島発東京行「ひかり126号」(電車16両編成)が本来の停車位置の100m手前で自動停止した。

原因

 運転手の居眠りによるもの。後にその原因が「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」と判明。

影響

 睡眠時無呼吸症候群という症例が世に広まり、JRを含む鉄道各社や運送業者が検査や対策に乗り出した。私見で、運転手が意識を失っても列車が安全に自動停止したことから、新幹線の安全性が立証されたと考える。


2003年3月31日 大村線踏切事故(負傷者4名)

概要

 2003(平成15)年3月31日23時38分頃、長崎県東彼杵郡川棚町のJR九州大村線小串郷・川棚間の踏切で、長崎発佐世保行列車(キハ200系4両編成、乗員2名乗客18名)が3tトラックと衝突した。先頭車の先頭台車が脱線、運転士と乗客3名が軽傷。

原因

 踏切内でトラックが脱輪したため。

影響

 現場に重機が搬入できず、脱線車両を復旧できなかったため、運転再開のために築堤から転がして落とし、現地で解体し廃車。転落の光景はテレビのニュースでも放映された。哀れな廃車として鉄道ファンの記憶に残る。


2003年7月18日 JR特急かもめ号脱線事故(負傷者37名)

概要

 2003(平成15)年7月18日21時45分頃、長崎県諫早市のJR長崎本線小江・肥前長田間で、長崎発博多行特急列車「かもめ46号」(885系電車6両編成・乗員2名乗客76名)が落石に乗り上げ、先頭から3両が脱線し2両が転覆した。2両目の乗客2名が重傷、運転士と乗客34名が軽傷。

原因

 降雨で斜面から線路に落ちた約130kgの落石に、電車が時速約60〜70kmで乗り上げたもの。

影響

 当初は先頭車が線路脇の水田に沈没したと思われて、NHKが特別報道態勢を敷いた。電車3両が廃車。車両不足のため博多・大分間特急「ソニック」一部列車に編成変更が生じた。


2003年9月28日 JR東日本・中央線線路切替失敗事故(負傷者なし)

概要

 2003年9月28日、東京都のJR東日本中央本線三鷹・立川間が、朝から約8時間に渡り不通となった。

原因

 施工業者の工事ミス。中央線高架化事業に伴い、前夜から当日朝にかけて一部列車を運休バス代行にして、三鷹・国分寺間で線路を仮線に置き換える工事を実施したが、工事図面の誤りにより信号が作動せず列車の運行を再開できなかった。利用者への案内が乏しく、代行バスは予定時刻に運行をやめたことで、大きな非難を浴びた。

影響

 JRは線路切替工事を細分化し、工事チェック体制を整備したという。


2003年10月18日 名鉄新岐阜駅電車車止衝突事故(負傷者4名)

概要

 2003(平成15)年10月18日17時15分頃、岐阜県岐阜市の名鉄名古屋本線新岐阜駅(現在の名鉄岐阜駅)構内で、豊川稲荷発新岐阜行急行列車(3100系電車6両編成・乗員2名乗客約60名)がホーム端の車止めに衝突した。1両目と3両目が脱線、乗客4名が軽傷。

原因

 運転士の体調不良による運転操作ミス。運転中に気を失いマスコン(アクセルとブレーキのレバー)に倒れ込み、加速操作となった。

影響

 名鉄は新岐阜駅のATS(列車自動停止装置)と車止めを改良、運転台にマスコンの誤動作防止装置を付けた。


2004年2月15日 東海道新幹線飛込自殺(乗員乗客の負傷者なし)

概要

 2004年2月15日9時20分頃、愛知県蒲郡市の東海道新幹線豊橋・三河安城間星越トンネル付近で男性が東京発博多行「のぞみ5号」(500系新幹線電車16両編成)に飛込自殺。先頭車に直径40センチの穴があいた。男性は新大阪発東京行「のぞみ112号」(700系新幹線電車16両編成)と東海道本線豊橋発大垣行快速列車(電車6両編成)にも衝突し死亡。列車は約30分遅れたが走行に支障はなく終点まで通常運転。

原因

 男性が自殺を目的に線路内に立ち入ったため。500系電車は300km/h営業運転の騒音と空気抵抗の低減のため先頭部に15mもの長いノーズを強化プラスティック(FRP)で取り付けており、これが破損した。新幹線他形式の先頭部は主に鋼製ないしアルミニウム製。

影響

 新幹線に初めて穴があいたと新聞やテレビで大きく報じられた。


2004年3月11日 スペイン・マドリード列車同時爆破テロ(死者191名・負傷者約1,700名以上

概要

 現地時間2004年3月11日7時30分頃、スペイン・マドリード中心部の3駅で4本の通勤電車が爆発した。他に駅付近で6発の爆弾が爆発し、上記の死傷者数はこれによるものが含まれていると思われる。負傷者に日本人はいない模様。

原因

 爆発物を用いたテロと報道されている。3日後の総選挙との関連が疑われている。

影響

 総選挙で野党が逆転勝利し、その公約に従いスペイン軍がイラクから撤兵した。


2004年4月22日 北朝鮮・竜川駅列車爆発事故(死者161名?・負傷者千数百名?)

概要

 現地時間2004年4月22日12時15分頃、北朝鮮・竜川駅構内で貨物列車の爆発事故が発生したらしい。爆発の衝撃で小学校を含む駅周辺の市街地が半径数百メートルが壊滅した模様。数千人の死傷者が出ているという。現地に外国人報道関係者が立ち入れなく、国内での報道が限られているため、詳細は不明。

原因

 貨車の積荷の可燃物が、列車の衝突あるいは電線との接触により爆発したとされる。

影響

 同国経済への悪影響が懸念される。また、米国や韓国などが人道支援物資を提供し北朝鮮が受け入れ、今後の外交への影響が注目される。


2004年10月23日 上越新幹線脱線事故(負傷者なし)

概要

 2004年10月23日17時56分頃、新潟県の上越新幹線浦佐・長岡間で、東京発新潟行「とき325号」(200系新幹線電車10両編成)の車両10両中8両が脱線し停止した。新幹線の営業列車の脱線は史上初。

原因

 震度6強あるいは7の、地震の揺れによるもの。事故原因の詳細は調査中であるが、付近では重力を上回る揺れが測定されており、脱線は避けられなかったと見られている。私見で、時速約200キロで走行中の新幹線が脱線しても怪我人ひとり出なかったことで、新幹線の安全性がまた実証されたと考える。

影響

 新潟県中越地震の被害を代表する事柄として多くのメディアで大きく取り上げられた。上越新幹線は12月27日まで不通。被災車両はすべて廃車。JR東日本の新幹線電車の台車に転覆防止の爪を付ける。


2004年11月12日 フィリピン夜行列車脱線事故(死者12〜13名・負傷者160名以上

概要

 現地時間2004年11月12日2時半頃、フィリピン・ルソン島南部のパドレブルゴス付近で、レガスピ発マニラ行夜行列車(機関車+客車6両または8両)が脱線し、客車4両が斜面下に転落した。

原因

 速度超過、施設老朽化、またはレール盗難とされている。続報がないので詳細は不明。

影響

 被災車両が、日本政府による鉄道近代化支援の一環としてJR東日本が1999年と2001年にフィリピン国鉄へ譲渡した車両31両の一部(12系客車3両と14系客車1両)であったため、メディアでの一報が鉄道ファンの間でも話題になった。


2005年1月13日 北上線列車燃料切れ事故(負傷者なし)

概要

 2005年1月13日10時45分頃、岩手県和賀郡湯田町のJR北上線ゆだ高原・ほっとゆだ間で、横手発北上行列車(キハ110形気動車1両編成・乗員1名乗客10名)が約2時間20分停止した。

原因

 燃料切れ。整備会社が横手駅での給油を忘れたもの。

影響

 積雪2メートル近い豪雪地帯で乗客10名が凍えた。JR東日本盛岡支社では気動車の運転台に燃料切れ警告計器を付ける。


2005年3月2日 土佐くろしお鉄道宿毛駅特急駅舎衝突事故(死者1名・負傷者11名)

概要

 2005(平成17)年3月2日20時41分頃、高知県宿毛市の土佐くろしお鉄道宿毛線宿毛駅で、岡山発宿毛行特急列車「南風17号」(JR四国2000系気動車3両編成・乗員2名乗客11名)が頭端式終着駅の車止めを乗り越えて駅舎に衝突した。先頭車が大破、2両目が脱線。運転士が死亡、先頭車の乗客1名が重傷、車掌と乗客9名が軽傷。(2003年3月21日撮影の宿毛駅の写真

原因

 運転士がブレーキ操作を行わなかっため。運転士の体調不良が疑われるが、原因は不明。ATS(列車自動停止装置)が作動したが、列車の宿毛駅構内への進入速度が制限速度(時速45km)を大きく超える時速約110kmであったため、衝突を防げなかった。

影響

 中村・東宿毛間が4月6日まで運休、東宿毛・宿毛間が10月31日まで運休。国土交通省は全国の鉄道事業者に終端駅の安全確認を指示。土佐くろしお鉄道ではATSのセンサーの増移設を実施。


2005年3月23日 JR京浜東北線車両故障事故(負傷者16名)

概要

 2005年3月23日9時27分頃、東京都大田区のJR京浜東北線蒲田・大森間で、大船発南浦和行列車(209系電車10両編成・乗員2名乗客約1,000名)が約2時間半停止した。

原因

 停止列車の3号車の電気トラブル。混雑する多くの窓が開かない電車で空調が止まり、東海道線運行継続を理由にJRが乗降扉の開放を拒んだため、車内が蒸し風呂状態となり、酸欠や脱水の症状を示す乗客が発生した。

影響

 JR東日本は同型電車の全車両約800両について、一部の窓を開閉できるよう改造する。


2005年4月25日 JR福知山線列車脱線事故(死者107名・負傷者555名)

概要

 2005年4月25日9時18分頃、兵庫県尼崎市のJR福知山線(JR宝塚線)尼崎・塚口間で、宝塚発同志社前行快速列車(207系電車7両編成・乗員2名乗客約700名)の前5両が半径300mの曲線で外側に脱線し、前4両が転覆、前2両が線路脇のマンションに衝突した。

原因

 時速70キロ制限の曲線を時速約110キロで走ったことによる転覆脱線。速度超過の原因について、運転士の技量不足あるいはJR西日本の懲罰的教育での萎縮が指摘されるが、現時点(2006年9月6日)で結論は出ていない。

影響

 福知山線尼崎・宝塚間は6月18日まで運休。19日から路線の最高速度と事故現場の曲線制限速度を落としダイヤを変更して運行を再開。JR西日本は2006年3月に近隣路線も含めた速度低下と余裕時分の増加のダイヤ改正を実施。国土交通省は急減速急曲線高密度運転の路線に速度照査機能の付いた列車自動停止装置の整備を義務付けた。同型電車と製造中の後継新車は帯色を変更。犠牲者数でJR最悪の事故として鉄道史と社会史に刻まれる。


2005年4月26日 スーパーひたち号踏切事故(負傷者3名)

概要

 2005年4月26日12時49分頃、茨城県東茨城郡美野里町のJR常磐線羽鳥駅構内の踏切で、上野発いわき行特急「スーパーひたち23号」(651系電車11両編成・乗員3名乗客約450名)と大型トレーラー車と衝突、列車の先頭車が脱線した。乗客3名が重傷、トレーラーの運転手は軽傷。

原因

 トレーラーの酒気帯び運転の運転手が大型貨物車通行禁止の踏切に進入して脱輪したため。

影響

 福知山線事故の翌日に発生した列車脱線事故のため、新聞等で大きく報道された。航空・鉄道事故調査委員会が2006年9月に出した事故報告書で、通常ブレーキの操作後にかけた非常ブレーキの減速度が低下する点を建議として指摘したため、全国約2,000両の鉄道車両が改修される可能性がある。


2005年6月9日 JR只見線列車橋桁衝突事故(負傷者なし)

概要

 2005年6月9日21時25分頃、福島県大沼郡金山町のJR只見線会津中川・会津川口間で、会津若松発越後川口行列車(気動車4両編成・乗員2名乗客2名)が、沈下した撤去中の跨線道路橋に挟まれて立ち往生した。

原因

 新橋の完成で不要になった鋼製道路橋の撤去手順ミス。

影響

 6月30日まで只見・会津宮下間が運休。工事会社がJR東日本に車両修理費等の損害賠償9580万円を支払。只見線は雪害と土砂崩れに続く当年三度目の長期運休に見舞われた。


2005年8月16日 JR東北新幹線半日不通(負傷者なし)

概要

 2005年8月16日11時46分、宮城県東方沖を震源とするマグニチュード7.2の地震が発生し、東北・山形・秋田の各新幹線が最大約12時間半ストップ、Uターンラッシュを直撃した。

原因

 直接には最大震度6弱の地震のため。JR東日本の社内基準で線路の係員徒歩巡回点検が必要となる、120ガル以上の揺れを観測した区間が全長約270kmに及び、無被害を確認するまで長時間を要した。

影響

 JR東日本では地震時に新幹線の運休や徐行を判断する指標について、揺れの最大加速度を示すガル値から、揺れが建物に与える影響度を示すSI値への変更を前倒しし、翌月までに完了した。なお、在来線は2003年4月に完了している。


2005年10月12日 JR京浜東北線踏切事故(乗員乗客の負傷者なし)

概要

 2005年10月12日9時50分頃、東京都大田区のJR京浜東北線(東海道本線)大森・蒲田間の踏切で、歩行者2名が京浜東北線桜木町発大宮行列車(209系電車10両編成)にはねられた。死者1名・負傷者1名。電車の乗員乗客にけが人はなし。

原因

 警報機が鳴り遮断機が降りた踏切に歩行者が進入したため。報道では、旧国鉄やJRの踏切警報機が30分間連続して作動すると警報機に現れる「こしょう」表示との関連が疑われている。同日朝の根岸線本郷台駅での人身事故により、京浜東北線のダイヤが乱れていた。

影響

 JR東日本は6658箇所の警報機付き踏切に注意喚起の看板を設置。JR6社のうち少なくとも東日本・西日本・九州の3社は、踏切警報機に「こしょう」の表示が出ないように改修する。2006年3月19日に愛知県蒲郡市のJR東海道本線でも同種事故が発生したため、国土交通省は全鉄道事業者へ同様の指示を始めた。


2005年12月25日 JR羽越線特急脱線事故(死者5名・負傷者33名)

概要

 2005(平成17)年12月25日19時14分頃、山形県東田川郡庄内町榎木のJR羽越本線北余目・砂越間で、秋田発新潟行特急「いなほ14号」(485系電車6両編成・乗員3名乗客43名)の全車両が脱線し、うち前3両が転覆、先頭車が建物に激突した。先頭車の乗客5名が死亡、運転士と車内販売員と乗客31名が負傷。

原因

 走行中に局所的な突風を受けたため。

影響

 羽越本線鶴岡・酒田間が翌年1月18日まで不通。JR東日本は余目駅にドップラーレーダーを設置。全国の鉄道会社で橋梁などに風速計が増設された。ダウンバーストの予測や対策が航空に加えて鉄道でも課題となる。

※2008年9月補訂:公表された鉄道事故調査報告書の内容を反映

2006年2月16日 小田急ロマンスカー飛込事故(負傷者9名)

概要

 2006年2月16日18時20分頃、神奈川県相模原市の小田急小田原線小田急相模原駅で、新宿発箱根湯本行特急「はこね43号」(7000形電車11両編成)が通過中にホームから人が飛び込んで死亡した。その際に窓ガラスが割れ、前面展望車の乗客9名が軽傷。

原因

 飛び込み自殺と思われる。

影響

 小田急はロマンスカー展望席の特急券の発売を中止、ガラス内側に飛散防止フィルムを貼って24日分から発売を再開。


2006年9月17日 JR日豊線特急横転事故(負傷者7名)

概要

 2006(平成18)年9月17日14時4〜5分頃、宮崎県延岡市のJR九州日豊本線南延岡駅構内で、別府発宮崎空港行特急列車「にちりん9号」(485系電車5両編成、乗員2名乗客34名)の先頭から3両が脱線、うち先頭から2両が横転した。運転士と乗客6名が軽傷。

原因

 竜巻による突風を受けたため。列車は台風の接近により時速25km以下での徐行運転を実施しており、南延岡駅にて運休の予定であった。

影響

 2005年12月の羽越線事故と共に、鉄道の突風対策を促している。


2006年9月22日 ドイツ・リニアモーターカー衝突事故(死者23名・負傷者10名)

概要

 現地時間2006年9月22日9時30頃、ドイツ・ニーダーザクセン州ラーテンの磁気浮上式リニアモーターカー「トランスラピッド」エムズランド実験線で、停車中の工事用車両に見学者が乗った試運転列車(3両編成・乗客31名)が時速約200kmで衝突した。作業員2名と乗客21名が死亡、乗客10名が負傷。

原因

 リニアモーターカーの技術上の問題ではなく、保守作業中に見学列車を出した指令所の判断ミスと思われる。

影響

 2008年3月にドイツ国内での路線建設が断念された。理由は事業費の大幅な増加とされたが、この事故も一因ではないかと思う。なお、ドイツのリニアは日本のリニア新幹線とは別方式、2003年12月に営業運転が開始された上海トランスラピッドは同じ方式。


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