避妊・去勢手術
避妊・去勢手術のリスク

避妊・去勢手術のリスクとしては
・麻酔
・術式からくる問題
・術後管理の問題 
・ホルモンバランスの崩れからくる問題         があります。

麻酔

 麻酔というのは、全身の筋肉を弛緩させ、生体に必要な反射活動を抑える行為なので、きちんと管理をしないと事故は起こりうるものです。
代表的なものを記します。

・誤嚥性肺炎・換気不良 

 ある種の鎮静薬を使用すると吐いてしまう事が多く見られます。
 術前に食事を抜くのはこれの予防のためでもあります。
 また、気管内にシリコン製のチューブ(気管チューブと呼ばれます)を入れることで直接気管内に吐物が入ってしまうのを防ぐことができ、術中の換気を確保できます。
 麻酔によって呼吸が抑制されてしまい、ガス交換がうまくいかなくなるケースが多く見られます。これは気管チューブを入れ外部からコントロールすることで維持できます。

・低血圧・血液動態の変化

 冒頭でお話した通り、全身の筋肉が弛緩しますので低血圧になることがあります。これは、術中に点滴することでカバーできます。
 麻酔薬には頭の中の圧力を変化させてしまう作用もあります。これにより、脳に問題があるが臨床症状を伴っていない子に術後症状があらわれたり、もともとある症状が悪化することもあります。(特に脳圧をあげてしまう薬品 ex. ケタミン)

・低体温

 筋肉による熱産生が低下する事で起こり、麻酔が深くかかってしまう事があります。
 術中保温することや、麻酔濃度を調節することで対応します。

サイトハウンド・やせすぎている子

 体に脂肪がほとんど付いていない子に、一回脂肪に分布してから全身に回る静脈注射麻酔薬を使用すると、麻酔薬の量が多すぎて麻酔が深くなりすぎ危険な状態になる場合があります。(ex. バルビツール系麻酔薬)
 このような子たちには、状態を確認しながらゆっくりと薬をいれて導入します。

・ショック

 上記以外にも麻酔薬に過剰に反応するケースや、導入後心拍が安定しない子、投与した薬に対し急性のアレルギー反応を起こす子がいます。
 すべての薬物(ワクチンでも)にはアレルギー反応をおこす可能性がごくまれですが、少なからずあり、事前に「過去に使用した薬で調子悪くなったことはありませんか?」と確認しますが、実際は投与して初めて症状がでるため予測を立てることが難しいです。
 麻酔の準備をしているという事は、モニターを用意しているので他の状態でショックを起こしたときよりはすばやく対応できますが、とても危険な状態です。
 
 術前検査をしても、麻酔事故率は0.05%といわれ。現在の所100%安全な麻酔はないと言われます。
 ただ、この確率は避妊去勢手術のみならず、すべての麻酔行為における確率なので、きちんと管理をしていれば「非常に危険な行為」ではありません。
 老齢な動物や基礎疾患(心臓疾患、ホルモン疾患など)を持っている子は、危険度は上がります。


術式から来る問題

子宮卵巣全摘出術の基本的な術式は
・皮膚・腹壁を切開
・卵巣動静脈・卵巣提索(固有卵巣索も)を結紮、離断
・子宮広間膜の血管の結紮、離断
・子宮頚管および左右子宮動静脈の結紮、子宮摘出
・腹腔内の確認(機材の残存、出血の有無の確認)
・腹壁、皮膚を縫合にて 終了

術式のみにかかる時間は約40分前後(腹腔内脂肪が多い子などは時間が延長します)

去勢手術の基本的な術式は
・陰嚢の前方の皮膚を切開
・皮下組織、精巣筋膜を切開
・精巣上体尾間膜を分離
・精巣動脈、蔓状静脈叢を結紮、精巣および精巣上体を摘出
・皮下組織、皮膚を縫合にて終了

これらの術式から考えられる副作用としては

・感染

 
皮膚という生体最大の防御機構を切開して空気にさらす為、また麻酔という免疫学的なストレスにより術部の感染は起こりやすい状態となります。
 これを避けるため、当院では術前術後は抗生剤の静脈内投与をし、腹腔内を開ける避妊手術はこちらでミスなく抗生剤の投与を行いたいと考え、3泊4日の入院とさせて頂いています

出血

 大きな血管を4本切ります。このときにしっかり結紮していないと、少しずつ出血が続きます。ほとんどの症例ではありえませんが、肥満傾向の子では脂肪組織からの出血が続くケースや肝臓の状態が悪い子では出血が止まらないケースも考えられます。
 これは、術前の血液検査や術中に確認する事で避ける事もできますし、術後に管理することで早期発見することができます。

結紮した糸に対する反応

 ほとんどの子が手術用の滅菌された糸もしくはワイヤーを使用すれば問題ありません。
 しかし、一部の子は通常使用されている「シルク(絹糸)」に反応する場合があります。
 さらに問題なのはこの糸が細い糸をよってつくられた「寄り糸」であるという事と、体内でそのまま残ってしまう「非吸収糸」である事です。
 寄り糸は、糸の表面に凸凹があるため細菌や異物が固着しやすく、非吸収糸は体内に生涯残るため、反応が起こるとその糸を摘出しない限り反応が続きます。
 ワイヤーに関しては、生体の反応が非常に少ないので昔から使われていますが、これも生涯体内に残ります。
 
 前述の絹糸に対する反応は、術後すぐに出るケースから半年後に出てくるケースまであります。
 男の子だったらペニスの脇の皮膚に穴が開いてしまう形で発見されることが多くあります。
 女の子は、3箇所結紮しますのでその糸が全て反応し、「無菌性膿瘍」(細菌感染ではないが、膿がたまる状態を言います)を作ってしまうと、周りの腎臓、尿管、膀胱まで炎症が波及し、非常に危険な状態になることがあります。
(猫に関しては、私の10年間の経験ではありません。犬は5例ありました。)
 
 このような反応を避けるため、比較的長い時間結んだ力が持続するタイプの吸収性の糸を使用します。
 また、他の方法として5ヶ月齢以前に糸を使用せずに手術をする方法もあります。
 (発情が確認されてしまった子は適応にはなりません)
 この方法はアメリカで多く行われているそうで、私の先輩で瀬谷区で開業されている先生も行っています。私はこの方法で避妊手術を行ったことがなく、またそのための手術用の機器もまだ導入していないので、上記の手術に興味のある方には、御連絡いただければそちらの病院をご紹介させていただきます。

・卵巣遺残/子宮蓄膿症/子宮断端腫

 あってはならない事ですが、切除時に卵巣の一部が残っていると発情の臨床兆候が認められます。また、子宮体部が残っていると外部および内部の黄体ホルモンの影響で子宮蓄膿症が認められる事があります。また、術後子宮断端に腫瘤状に炎症がおきてしまうケースがあります。
 これらの多くは術創を必要以上に小さくしようとして、きちんと卵巣子宮を摘出できない事から引き起こされます。
 断端腫は子宮の断端を盲端に縫合してできるケースでも起こることがあります。
 (当院では、子宮の断端の縫合は行いません)

・尿管結紮

 これもあってはならないことですが、・卵巣動静脈・卵巣提索(固有卵巣索も)を結紮、離断時に尿管自体を損傷してしまったり、子宮頚管および左右子宮動静脈の結紮や子宮摘出時に膀胱内に大量に尿が貯留していると、間違って結紮してしまうことがあるそうです。
 私自身はしたことがないので、どういう状況でしてしまうのかはわかりませんが、おそらく前述のように術創を必要以上に小さくしてしまい、確認せずに結紮、離断してしまう結果ではないのでしょうか


術後管理から来る問題

 一番多いのが、縫合部を自分でなめたり、かじったりして傷口が開いてしまったり、炎症を引き起こしてしまう事です。
 これに関しては、エリザベスカラーや腹帯をしてなめないようにします。
 傷口は術後に激しい運動や著しい興奮でも影響を受けます。なるべくおとなしくさせてください。
 また、傷口が種々の理由で大きくなってしまった場合、縫合部の皮膚の下に漿液(擦り傷などから染み出てくるあの液です)がたまってしまうケースがあります。
 これは傷口が治ってくることで落ち着いてきますが、大量にたまってくるようであれば初期は針をさして抜いてあげたほうが傷口の治りは早いです。
 また、手術後しばらくは(特に糸を抜く前は)傷口が水でぬれると、「毛細管現象」により水と一緒にばい菌が傷口の奥深くに入り感染してしまうケースがあります。
 
 
 動物は人間の言葉をすべて理解して行動するわけではないので、「おとなしくしていてね」や「なめちゃだめ」というような言葉ではおさまらないですし、「これを飲まないとダメだから」といわれて素直に薬を飲む子もいません。
 術後管理は、飼い主さん次第です。
 独断で薬をやめたり、たぶん大丈夫だろうという判断はせずに病院にご相談下さい。
 

ホルモンバランスの崩れから来る問題

 一番多く認められるのは
「体重の増加」です。
ある報告によると全体の約26%に認めらます。
これは卵巣から出ていたホルモンの低下によるもので、過度な脂肪沈着と体重の増加をもたらします。
 避妊・去勢手術後は餌を推奨量の10〜15%少なくあげなさいと指示する先生もいますが、6ヶ月前に避妊手術をする場合には、日頃から飼い主さんが触ってあげて痩せ過ぎていないか確認の上で給餌量を調節してください。
 最近は皆さん気にされているせいか、痩せさせすぎている子が多い感がありますのでご注意を。
 
 犬の女の子の場合、まれではありますが術後に
「尿失禁」を起こしてしまう子がいます。
 比較的老齢な子を避妊手術した時に見られるといわれています。
 治療はホルモンを追加しますが、一過性で治癒してしまう子から長期の投薬が必要となるケースもあります。
 
 他にはスタミナの低下や使役への意欲の低下が見られるという報告もあります。
 

 比較的まれなものまで記載しましたが、このような事が起こる可能性があります。
ほとんどのものはまれなケースであり、避妊・去勢手術を恐がらせるのが目的ではなく、「簡単で安全な手術」という印象の強い避妊・去勢手術でもメリット/デメリットがあるという事を理解していただきたいと思います。